調性の感覚の拡大を求めて。
多調的な感覚、理論では無くてあくまで感覚をもっと育てていけたらもっと豊かな事が出来るんじゃないかなぁ…って思っているのでその為の練習。
このアイデアは音響工学の初歩的な事にインスピレーションを受けてなんだけど、
(オイラは大学で音響工学をほんのちょっとだけ勉強した。まぁ、あくまでさわりだけだから正しく無い事言っちゃうかも…だけど、その辺はご愛嬌、ハハハ…)
例えば科学的に計測すると全ての音にはほぼ12音全部が倍音のレベルでは含まれてる。
根音の周辺のエネルギーが強いからオイラ達はその辺を中心に認識して一つのまとまった音に聞こえてるだけで、
実際計測すると高次な倍音レベルでは大変大騒ぎな事になってたりする、と。
で、それらのバランスが音色を決定する鍵を握ってるわけ。
まぁ、大雑把に言えばオイラ達が普通に聴いてる音なんてのは既に多調的な要素を含んじゃってるわけよ。
単音で既にさ。
もう、いわゆる協和音の代表ドとミとソなんて弾いた日にゃぁ、倍音レベルでは多調なんてどころじゃない位に大騒ぎな状態なわけ。
12音で括れるとは言え、例えば同じ音程のピッチがズレてるなんてのも含まれちゃう。
その次元で音をもっと聞き取れるようなったら多分調性感覚も変わるのは明らかでしょう?
最終て目指すのは「理屈」でそれを説明できるようにすることじゃなくて、「感覚」でリアルな声として弾けるようにする事なんだ。
例えばドミソとかの和音がなぜ落ち着ちついて聴こえるのか?とかだって十分理屈で説明できる。
でも,
僕らの耳はそんなもの必要なく感覚でその世界を理解してる。
それの延長の感覚としてできないかなぁ…って話なの。
ピアノとかを弾いたときの倍音の織り成す世界が好きだったし、
コントラバス倍音と楽器のノイズを加味しないと音程があわない楽器だってのもあるし、
オイラはもうずうっと長い事楽器の倍音に注目して楽器の音を聴いてきたんだけど、
もっと倍音の交わりが色彩を変えていくような音楽の作り方ができるんじゃないかなぁ…と。
漠然ともう十年位前から考えてたんだよ。
その感覚の為に一人きりで例えばピアノでやっていたとしても(これは散々やった)
これはオイラ達にはちょっと違うかな、と。
まぁ、これはピアニストが自分のソロの為にやるなら良いんだけど、
まず、
各楽器で出てる倍音が違う。
その各楽器の倍音の干渉により
増強される音、消される音が出てくるわけで、(練習してる場所の反響の特性にも左右される)
そうなると最終的に現れる倍音がピアノでやってるそれとは全く違うモノになるのは想像に易い。
だから、実際のコントラバスとサックスという編成で延々と弾きつつ聴く練習をするしかないだろう、と。
で最終的には言葉とか理屈じゃなくて、各シチュエーションごとの肌触りというか、そこから想起させられる感触をそれぞれが感覚の深いところに刻みこめれば、いついかなる時でも自分のリアルな言語として使えるだろうな…と。
それが目標地点。
で、今は出発点。
実際にやってる事は恐ろしくシンプルだよ。
ベースの3弦開放のラの音をペダルにして
サックスは半音づつ音程を変えていく。
その際に倍音の領域に耳を澄ます。
で、その後は一応和声の進行のある曲を使って、
それぞれ決めたポイントで倍音に注意を向けてみる練習。
調性の感覚って前後の文脈からも引き起こされるので、それもプラスして演奏してみる。
カテゴリー: Otoms
“Otoms” is one of my project.Duo with saxophonist Satoru KITA.
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Au bout de la mémoire,au delà de l’oubli,
Est ce que Bourgeons des rêves qui ont été caché là-bas peuvent réincarner en mirages du futur?
Pour ce projet avec Satoru KITA.
Nous nous spécialisons dans la création de musique PRIMITIVE et POETIQUE.
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[日本語版/in japanese]
記憶の先の忘却の向こう側、
そこに秘められた夢のつぼみは未来への幻影と再受肉するのか?
サトル君とのこのプロジェクトでは、「素朴で原始的でありつつ詩的な音楽」をテーマとしています。